今日は、脳科学研究の歴史的な出来事をご紹介します。
ゲージの身に起きた悲劇
ときは、1848年。日本は黒船来航を5年後にひかえた江戸時代後期。
アメリカ北東部で鉄道工事の現場責任者だったフィネアス・P・ゲージは、邪魔な岩を爆破する
作業を進めていました。
岩を爆破するための発破を仕掛けるには、まず、その岩に爆薬を詰める穴を掘ります。そして、その穴の奥に慎重に火薬を詰め導火線を穴の外まで引き出します。
爆破の力が開けた穴の奥に伝わらないといけないので、穴に砂を入れて鉄の棒を使ってしっかりと詰め込んで穴を塞ぎます。
砂を詰めるための鉄の棒は、長さ109cm、太さ3.2cm、重さ6kg。
少し尖った端の方を手に持って、平らな端を穴に差し込んで砂をギュッと押し込みます。安全な場所から導火線に火を点ければ穴の中の火薬が爆発して岩を粉砕します。
まだ暑さの残る、9月13日午後4時半。
いつものように作業を進めていたゲージは、火薬と導火線をセットした後、部下に砂を詰めるように指示。
そのとき、誰かに声をかけられ、発破の穴から目を離します。
ゲージはすぐに作業に戻りますが、部下が砂をまだ入れていないのに気付かず、鉄の棒を穴の中に入れて火薬を叩いてしまいます。
すると、叩かれた衝撃で中の火薬が爆発。
持っていた鉄の棒の尖った端が顔めがけて飛んできて、左頬から頭のてっぺんに向けて貫通し、ゲージから30m離れたところに落ちました。
大けが直後の様子と回復過程
ゲージは左脳を大きく損傷して倒れたのですが、事故直後から意識はあって、数分後には話もできたようです。
牛車で自宅まで運ばれるときも背筋を伸ばして座り、人の助けを借りながらも自分で降りたとのこと。
脳って、スゴいですよね。脳は、生命維持をはじめ、運動、記憶、判断に至る全てをコントロールしているので、少しでもダメージがあると影響が出そうなのに、こんな大事故で脳が大きくダメージを受けても、話ができて歩くこともできたのですから。
実際には、脳のどこに損傷を受けるかによって、ダメージの大きさや種類が変わってきます。これは、脳が場所によって違う役割を担っているからで、脳の機能局在と言います。
今回の事故では、生命を維持するのに重要な機能が集まっている脳幹や、身体を動かす運動野、言葉に関わる領域、それから、太い血管などを傷つけなかったことが不幸中の幸いでした。
例えば、脳幹は、脳の最深部で脊髄に通ずる部分で、全身に血液を行き渡らせる循環機能の中枢、呼吸の中枢、内臓機能の中枢など、生命を維持するのに重要な機能が集まっていますので、ここをやられるとひとたまりもありません。
ゲージが損傷した脳領域は、大雑把に言うと左の前頭葉でした。前頭葉と言えば、額の奥から頭のてっぺん辺りまでの広い領域で、高度な情報処理だけに関わると思われがちですが、前頭葉の中でも後ろの方には手足を動かす運動野もあったりして結構広いです。
ただ、実際に損傷したのが前頭葉の中でも前の方に位置する前頭前野だったということもあって、運動に大きな障害はなく、日常生活を送る上での致命的なダメージな避けられた形となりました。
医師の懸命な手当もあって、2ヶ月後には階段の上り下りも出来て、とりあえずの治癒を言い渡されます。
左目は失明してしまったのですが、聴覚や手足の動きや言葉のやり取りは問題なくなったようです。
脳ってスゴい。一件落着。。とはいきませんでした。
前頭前野の機能的役割
困ったことが起こったのです。 何だと思いますか?
事故以前のゲージは責任感や行動力があり尊敬されていたのですが、事故後のゲージは別人のように粗野で落ち着きがなく、また下品な言葉もよく口にするようになってしまったのです。
前頭葉は高等動物ほど発達しており、その中でも前方を占める前頭前野はヒトで特に発達していて、ヒトをヒトたらしめる役割を担っています。
それは、本能的な欲望を抑え、理性的、計画的、社会的な判断や行動を可能にする機能です。
私たちの仕事も、生きながらえるための生命維持の部分と、それを超えた意味をもつ部分があり、前者が脳幹、後者が前頭前野とみることもできます。
「ただ生きるな、善く生きよ」とは、古代ギリシャの哲学者、ソクラテスの言葉とされます。
ただ生きるというのは、目の前の仕事に追われるとか、目先の利益に捕らわれた状態で、脳幹の生命維持機能だけで安易に動いている状態ですね。
こればかりですとお客さんに悟られてしまうものです。
あなた自身のため、お客さんのためにも、善く生きるための、前頭前野を使った仕事を心掛けたいものですね。
なお、脳幹は生命を維持するために、自動的に高度な処理をする大事な領域です。決して、脳幹がつまらないというわけではありませんので、念のため、書き添えておきます。
前頭前野をよく使うためのトレーニングもありますが、何と言っても基本的な姿勢や心がけが大事です。
善く生きるにはどうすればよいかを考えるとか、あなたの行為を第三者的な視点で見る習慣をつけるとよいでしょう。
結果的に脳研究に貢献することとなったゲージですが、あの事故での大怪我から12年後の1860年5月、36歳で亡くなりました。
(了)
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