徹夜明けはパフォーマンスが悪いですよね。
誰もが認めるところだと思いますが、脳では何が起きているのかは分かっていませんでした。
ドイツの研究グループが、徹夜をすると脳が疲れて覚えられなくなることを示す実験を報告していますので、ご紹介しますね。
脳への磁気刺激で脳の疲れを調べる
以前、このブログで、頭皮上から脳に刺激を与える方法として、磁力を使う経頭蓋磁気刺激(TMS)のことを書きました。
武永隆の脳ブログ「脳を外から直接刺激する方法(TMS)」 2019.10.26
例えば、脳の一次運動野の手領域を磁気刺激すると、手がピクッと動きます。
脳の運動野が刺激されると、その運動野のニューロンが指令を送る先の筋肉を収縮させるからです。
筋肉の収縮は、ニューロンと同じく細胞内にNaイオンが流入するという電気的な活動。
ですから、筋肉の活動の様子を電気信号で調べることができます。
一般的に、筋肉の活動を記録したものは筋電図(EMG、ElectroMyoGraphy)と呼ばれます。
今回のように、脳の運動野を磁気刺激したときの筋肉の活動も筋電図の一種ですが、脳を刺激したことで起こる筋活動なので、運動誘発電位(MEP、Motor-Evoked Potential)といいます。
今回の実験では、一次運動野の手領域を経頭蓋磁気刺激(TMS)により刺激して、その脳領域が情報を送っている手の筋肉でMEPをみています。
どれくらいの強さで磁気刺激すると、MEPが出現し始めるかを調べるのです。
より弱い磁気刺激でMEPが出現すれば、脳の興奮性が高いことになり、これは脳の疲れを意味します。
実験の結果、被験学生20名のうち、徹夜した学生は7時間の睡眠をとった学生よりも弱い磁気刺激で手の筋肉でMEPが出現がし始めました。
つまり、徹夜明けは脳が疲れていることが確認されたわけです。
徹夜明けは脳のうとうと状態を示すシータ波も強い
実験では、うとうと状態を示す脳波のシータ波も分析しています。
脳波の記録は後頭部で行ったようです。
やはり、徹夜した学生は、睡眠をとった学生よりも脳波のシータ波成分が強かったとのこと。
ここまで見てきた、徹夜による脳機能の変化を示す「脳の興奮性」と「シータ波の増加」ですが、先行研究でも指摘されていたので、今回の実験でも確認できたということです。
今回の論文はその先を調べています。
徹夜後の脳ではLTPが起きにくくなっている
ところで、新しいことを覚えたり、新しいことが出来るようになるのは、ニューロンとニューロンのネットワークが新たに出来るため、と考えられています。
そのネットワークが出来るというのは、具体的には、ニューロンとニューロンをつなぐシナプスが強化される(情報の伝達効率が高くなる)こと。
そのメカニズムの有力候補として、長期増強(LTP)という現象が知られています。
長期増強(LTP)とは、シナプス接続がある2つのニューロンを高頻度に同時刺激した後では、情報の送り手のニューロンを同じように刺激しても、受け手のニューロンの反応が長期的に増強する現象です。
長期増強 LTP、Long-Term Potentiation(Wikipedia)
今回の論文では、徹夜がこの長期増強に影響するかどうかも実験して検討しています。
まず、連合性対刺激法(PAS)によるMEPの変化。
ここで言う連合性対刺激法(PAS、Paired Associative Stimulation)では、一次運動野のニューロンをTMSで磁気刺激しながら、前腕で手首の運動や皮膚感覚に関わる正中神経を電気刺激します。
そのニューロンペアの結び付きを強くする、長期増強(LTP)を起こさせるもので、PASでは4秒ごとに200回のペア刺激を行っています。
PASによってLTP(長期増強)が起きていれば、単発のTMSによって腕の筋肉の反応(MEP)が大きくなるはずです。
実験の結果、睡眠をとった学生は、PAS後のMEPは大きくなっていました。
その一方、徹夜後の学生は、MEPが大きくなることはなく、むしろ、通常よりもMEPが小さくなっていました。
これは、徹夜をするとLTPが起きにくい、つまり、新しいネットワークができにくく、覚えにくい状態になっていることを意味します。
この論文の研究者らは、覚えにくくなっていることを、もっと直接的に調べています。
実験に使った課題は単語ペア記憶課題で、無意味な関係にある2つの単語のペアを46ペアほど覚えてもらうというもの。
この実験でも、徹夜した学生は2割くらい成績が悪かったそうです。
徹夜によって、脳はLTPが起きにくい、覚えにくい状態になるのですね。
学生さんや資格試験で勉強している方は、特に要注意!
BDNFが少ないからLTPが起きにくいのかも
論文の研究者らは、LTPが起きにくいことの分子的なメカニズムも探っています。
ニューロン自身の成長や、ニューロンとニューロンの接続部位であるシナプスの機能促進にかかわるタンパク質に、脳由来神経栄養因子(BDNF、Brain-Derived Neurotrophic Factor)があります。
BDNFは血液中にもあって、血漿BDNF濃度として血液検査でわかります。
アルツハイマー病や認知症の患者さんでは、血漿BDNF濃度が低いことが知られています。
今回の実験では、徹夜した学生は、睡眠をとった学生に比べて、血漿BDNF濃度が3割以上も少なかったのです。
徹夜明けの脳でLTPが起きにくいのは、BDNFが少なく、シナプスを強化できない脳になってしまっているからと考えられます。
徹夜の悪影響、恐るべし。
【原論文】
脳科学で生活にうるおいを!
では、また!
(了)
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