美しさと醜さは脳の別領域で処理される

投稿者: | 2017年12月2日

 

美しさを感じる脳領域

私たちが展覧会で芸術作品を見たり、夕日を見たりして、美しいと感じたら、脳も美しいと感じたときに特有な活動を示します。

美しいと感じているときの脳活動を fMRI (機能的磁気共鳴イメージング法)を使って調べた研究で、内側前頭前野、眼窩前頭皮質、腹内側前頭前皮質、島皮質、扁桃体といった脳領域が強く活動することが分かっています。

「美しい」の反対は、「醜い」ですね。

では、美しい感覚から離れていくと、特に感じなくなり、さらに離れてマイナスに入ると醜く感じるように、脳の一つの領域が「美しさ」と「醜さ」の両方の処理を担当しているのでしょうか?

例えば、先に挙げた、美しさを感じるときに活動する脳領域の一つである内側前頭前野に電流刺激を与えて、その領域のニューロンを興奮させたり抑制させたりすることで、美しさや醜さの感じ方は変わるのでしょうか?

 

脳への電流刺激で感じ方は変わるのか

最近、脳への電流刺激で、美しさや醜さの感じ方が変わるかどうかを調べた論文が報告されました。

脳と美についての世界的権威であるセミール・ゼキ博士と共同研究もされていた、川畑秀明先生(慶大文)らの実験です。

実験では47名の学生が被験者として参加。

20世紀の現代絵画を集めたウェブギャラリー( https://www.wikiart.org/ )の画像を見て、「美しさ」と「醜さ」を感じてもらいます。

実験の手順は以下の通りです。

 1)「美しさ」と「醜さ」を9段階で評価をしてもらう

 2)微弱な電流刺激を15分間与える

 3)再び、「美しさ」と「醜さ」の評価をしてもらう

 

電流刺激では、一つのパッドを内側前頭前野(おでこ)に、もう一つのパッドを一次運動野(耳の10cmくらい上)に置いて、 2mA の微弱な直流電流を15分間ほど流します。

かなり微弱な電流なので、最初にかすかな痒みを感じる程度で、その他はほとんど感覚がありません。

頭皮上にこれほど弱い電流を流すだけなのに、頭皮・頭蓋骨・髄膜を通して脳のニューロンに影響するようなのです。

この方法は、経頭蓋直流電機刺激法(tDCS, transcranial Direct Current Stimulation)と呼ばれています。

電流刺激がニューロンにどのように作用するかはまだよく分かっていませんが、2017年3月に理研(理化学研究所)の研究グループが、電流刺激によってノルアドレナリンが放出され、ニューロンの活動を支える星状グリア(アストロサイト)という細胞のカルシウム濃度が上昇し、それがニューロンのシナプス伝達を増強していることを発見しています。

Mona H, et al. (2016)“Calcium imaging reveals glial involvement in transcranial direct current stimulation-induced plasticity in mouse brain”Nature Neuroscience 7: 11100.doi:10.1038/ncomms11100

 

さて、実験の話に戻りましょう。

電流を流すわけですから、陽極(+極)と陰極(ー極)が要りますね。

なので、陽極のパッドと、陰極のパッドの2つを頭に当てるわけです。

条件を変えるため、被験者を3つのグループに分けています。

 a)陽極を内側前頭前野に置き、直流電流を15分間流す

 b)陰極を内側前頭前野に置き、直流電流を15分間流す

 c)内側前頭前野に直流電流を15秒間だけ流す

 ※ いずれも、もう一方の電極は一次運動野に置いています。

 

2つのパッドで、陽極と陰極を入れ替えた条件を設定していますが、電流刺激では陽極はその領域のニューロンを興奮させ、陰極は抑制させるという結果が得られています。

c)のグループは統制条件で、パッドを置いた効果や、電流を流し始めた時に感じる痒さの効果が関係しているかもしれないので、その可能性を排除するためです。

電流刺激の持続効果ですが、2mAの直流電流を20分間流すと、90分後でも効果が見られたという先行研究の報告もあることから、電流刺激の後に美しさと醜さの評価をしてもらっても、電流刺激の効果は残っていると考えられます。

肝心の結果は??

 

美しさと醜さは脳の別領域で処理される

実験の結果はどうだったでしょうか?

おでこに陽極を置いて内側前頭前野のニューロンを興奮させた場合は、美しさの評価にあまり変化はありませんでしたが、陰極を置いてニューロンの活動を抑制させると、美しさの評価が下がったのです。

そして、なんと、醜さの評価では、おでこの電極が陽極でも陰極でも、あまり変化は見られなかったそうです。

もし、「美しさ」と「醜さ」の感じ方が脳の同じ領域で情報処理されていて、単にその強弱で処理されるのなら、今回の実験の電流刺激のような脳への刺激は、両方の感じ方が影響を受けるはずです。

しかし、実際には、美しさは影響を受けましたが、醜さは影響を受けませんでした。

少なくとも、内側前頭前野は「美しさ」と「醜さ」の両方を処理していないのです。

このことから、「美しさ」と「醜さ」は単に反対の感覚ではなく、脳での情報処理は別の領域でなされている可能性が示唆されます。

もしかしたら、美しいと感じるときに活動が強くなると考えられている、眼窩前頭皮質、腹内側前頭前皮質、島皮質といった他の脳領域が、「美しさ」と「醜さ」の両方の処理に関わっている可能性もありますが。

頭皮上での電流刺激は頭蓋骨に近い大脳皮質しか影響を与えられませんので、脳の深部領域に刺激を与えるのは難しいですが、今後の研究が待たれます。

脳にとっては、美しさと醜さは別領域で処理される別物だというお話でした。

 

【原論文】

Nakamura K & Kawabata H (2015)“Transcranial Direct Current Stimulation over the Medial Prefrontal Cortex and Left Primary Motor Cortex (mPFC-lPMC) Affects Subjective Beauty but Not Ugliness”Frontiers in Human Neuroscience 9: 654.doi: 10.3389/fnhum.2015.00654

 

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では、また!

 

(了)

 

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