北朝鮮の金正男氏が暗殺されたとの報道がありました。
その殺害に使われたのが VXガス との情報も。
(一瞬、ニュースで流れたパラチオンメチルについては、武永隆の脳ブログ「パラチオンメチルという毒物について」をご覧ください)
VXガスは、体にどのように作用するのでしょうか?
VXガスというのは、サリンに似た毒物で神経系に作用し、サリンの28倍の毒性を持つとされます。
サリンと比較しながらみていきましょう。
VXガスとは
分子構造や作用機序で分けられているのではありません。
VシリーズのVは、Venomous(毒の)の頭文字です。
VXというのは、Vシリーズ(V剤)のコードネームの一つです。
ちなみに、サリンはGシリーズの一つでGB。
Gシリーズは、ドイツで開発されたため、Gと付けられました。
VXの化学式は、C11H26NO2PS。
沸点は、298℃。
VXもサリンも常温では液体ですが、サリンが揮発性が高いのに対して、VXは揮発性が低いです。
揮発性が高いというのは、その液をこぼしたら空気に混じりやすいということ。
オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件では、サリンを袋詰めにして、実行犯は先端を尖らせた先端でそれを突き刺して下車してましたね。
サリンは揮発性が高いので、それだけで充分で、かつ、多くの犠牲者を出してしまいます。
一方、VXガスは揮発性が低いので、こぼしただけでは空気に混じらず、害を及ぼしにくいです。
なので、霧状にしたVXガスを顔などに吹きかける必要があり、また、直接、浴びた人にしか害は及びません。
実行犯が無事だった理由
クアラルンプールの実行犯は大丈夫だったのでしょうか?
サリンを使って同じようにしていたら、ターゲットの近くいる実行犯も揮発したサリンを吸入して危険だったでしょう。
その点では大丈夫なのですが、素手で犯行に及ぶと、VXガスは皮膚からも吸収されるため危ないのです。
今回の犯行で、犯人が濃い色の手袋をしていたことから、VXガスが直接肌に触れず、ことなきを得たのが窺えます。
オウム真理教にはVXガスを使った犯行もあり、滝本太郎弁護士襲撃事件では、VXガスをポマードと混ぜて車のドアノブに2回塗布しました。
しかし、被害者が手袋をしていたため体に吸収されず害はなかったのですが、これも同じ理由でしょう。
※ その後、素手で犯行に及び、解毒剤を使ったのではないかとの報道あり。
ちなみに、サリンも皮膚からも吸収されます。
VXガスの揮発性が低いのは、広がりにくいという意味では安全ですが、揮発しない分、残留性が高く、また、サリンより化学的な安定性も高いので、散布から1週間も毒性が維持されるという話もあります。
VXは体内でどのように作用するのか
さて、体内に入ったVXガスは、どのように作用するのでしょうか?
正常な神経系では、ニューロンが情報伝達をするとき、送り手のニューロンから神経伝達物質が放出され、それを受け手のニューロンや筋肉の表面にある受容体がくっつくことで、情報伝達がなされます。
手足を動かすのは、脳からの指令をニューロンが手足の筋肉に情報を伝えて実現されるわけですが、このときにもアセチルコリンという神経伝達物質が放出されます。
送り手のニューロンから放出されたアセチルコリンは、ずっと漂っているのではなく、余分なアセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼという酵素によってすぐに分解されます。
もうちょっと言うと、アセチルコリンエステラーゼは、セリン残基にアセチルコリンを取り込んで加水分解します。
余分なアセチルコリンを分解するのは、そうしないと、アセチルコリンを受け取る筋肉の表面にある受容体にどんどんくっついて、筋肉を興奮させっぱなしになるからです。
VXガスは、このアセチルコリンエステラーゼを機能させなくしますので、アセチルコリンが分解されなくなります。
筋肉を興奮させっぱなしにすると、どうしていけないのでしょうか?
筋肉が興奮するということは、筋線維が収縮するということです。
体を動かそうと思ったら、やみくもに筋肉を収縮されれば良いというものではなく、収縮と弛緩をうまく調整する必要がありますね。
心拍も呼吸も、心筋や呼吸に関わる筋肉が収縮するだけでなく、収縮した後に弛緩させることで、リズミカルに動いて機能を発揮しています。
興奮させっぱなしになるということは、筋肉がガチっと縮んで固まったままになってしまうのです。
つまり、心拍も呼吸も止まり、死に至ります。
VXガスに晒されたときの対処法
では、VXガスが体内に取り込まれたら、どうしようもないのでしょうか?
時間稼ぎの方法が2つあります。
【第1の方法】
アセチルコリンエステラーゼにくっついてしまったVXを切り離し、アセチルコリンを分解する能力を復活させます。
これを実現してくれるのが、プラリドキシムヨウ化メチル(PAM、pralidoxime methiodide)。
オキシム剤とも呼ばれます。
もともとは、有機リン系の農薬中毒に対する解毒剤なのですが、VXガスやサリンも有機リン系であることから、地下鉄サリン事件でサリンの特効薬として有名になりました。
ただし、VXやサリンが体内に入って時間が経つと、それらがくっついたアセチルコリンエステラーゼがエイジング(老化)してPAMによる切り離しができなくなります。
全体の1/2がエイジングするのに5時間と言われますから、PAMの投与は、VXやサリンに晒されてから5時間以内にしないといけません。
【第2の方法】
アセチルコリンが放出されて漂ったままになっていても、結合先のニューロンや筋肉の表面にある受容体に結合しなければ問題ない、という点に着目し、その受容体を塞いでくれる物質を投与します。
その物質とは、アトロピン。
アトロピンは、なかなか分解されずに漂っているアセチルコリンが筋線維の受容体に結合するのを邪魔してくれます。
アトロピンに頑張ってもらっている間に分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼが新たに体内で合成されるのを待ちます。
このような時間稼ぎをしながら、アセチルコリンエステラーゼの合成を待つのです。
以上、VXガスについて書いてみました。
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では、また!
(了)
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