脳は、想像を絶するくらい複雑なネットワーク
脳の主役はニューロン(神経細胞)ですが、いくつあるかこ存じですか?
なんと、1,000億個!
(正確には、それより少ない 860億個 と考えられていますが、まあ1,000億個と思って差し支えないでしょう)
一つ一つのニューロンは、たくさんのニューロンから情報をもらって、たくさんのニューロンに情報を送っています。
ニューロンとニューロンの接続部位をシナプスと言いますが、個々のニューロンに数万個のシナプスがあると言われています。
つまり、脳の中にはシナプスが(1,000億)X(数万)もあるわけです。
脳は膨大な数のニューロンによる、想像を絶するくらい複雑なニューロンのネットワークなのです。
これだけ複雑ですから、脳の機能が分かりにくいのも仕方ないですね。
しかし、あまりに複雑だからと言って、手をこまねいているわけにはいきません。
脳研究者はどうやって脳の機能を調べているのでしょうか?
その前に、、、
ニューロンをテーブルタップに見立ててイメージしてみましょう
ニューロンのネットワークがイメージしにくいかもしれませんので、ニューロンをテーブルタップに喩えてみましょうか。
延長コードとも言いますが、壁のコンセントが遠いときにつなぐアレです。
ニューロンは樹状突起で他のニューロンからの情報を受け取りますが、そこを「コンセントの差し込み口」とイメージしてみましょう。
そうですね。細長~くて差し込み口がいっぱいのテーブルタップです。
長く伸びるケーブルは、ニューロンの軸索に相当しまして、末端で枝分かれしています。
それぞれ枝分かれした先に「プラグ(差す方)」が付いていて、次のニューロンに情報を送ります。
次のテーブルタップのコンセントに差すイメージです。
シナプスをコンセントに喩えているわけですが、実際には次のニューロンとの間に隙間があって、その隙間に神経伝達物質を放出して情報を伝えます。
神経伝達物質には、アセチルコリンやドーパミンなどがあります。
ですから、ニューロンの情報伝達は一方通行です。
ニューロンをテーブルタップに喩えましたが、電気は逆向きにも流れるので、機能的な喩えとしてはイマイチかもしれませんが、あくまで視覚的なイメージとして。。
脳には、こんなテーブルタップのセットが1,000億個もあり、お互い接続しあっていて、超超超タコ足配線になっているわけです。
ニューロンやニューロンのネットワークについて、少しイメージしていただけましたでしょうか?
ニューロンは同じ機能を持つものが同じ脳領域に集まっている
ニューロンは脳の中でバラバラに配置されているのではなく、同じ機能を持ったニューロンが集まる脳領域に分布しています。
同じ機能を持つということは、ニューロンのネットワークでみると、情報をもらう脳領域が同じで、情報を送る脳領域も同じという意味です。
これは、人によって異なるということはなく、誰でも似たような配置をしています。
例えば、視覚野は後頭葉にあって、聴覚野は側頭葉にあるとか、視床・線条体・海馬などが似たような位置にあったりします。
もっと小さなスケールでは、視覚野に同じ傾きの線に反応するニューロンが集まった方位選択性コラムという構造もあります。
個々のニューロンは1,000億個もありますが、脳領域は数十程度なので、要素の数としては、10億分の1くらいに激減します。
そんな脳領域間のネットワークなら何とかなりそう、に思えませんか?
脳研究者は、個々のニューロンをバラバラに見るのではなく、その脳領域を単位として扱うことで理解しようとしています。
下の模式図をご覧ください。
左右のどちらの図を見てもよいですが、領域Yは領域A・領域B・領域Cから情報を受け取っていることが示されています。
また、領域Bが領域X・領域Y・領域Zに情報をを送っているように、同じ脳領域内には、違う脳領域に情報を送るニューロンもまたたくさんあったりします。
なので、細かく言うと、領域Bをさらに細分化する必要はあります。
とりあえず、脳の複雑なネットワークについて、少しイメージしていただけましたでしょうか?
各脳領域の機能を調べる方法
脳領域の機能を調べるには、大きく2つの方法があります。
1)ニューロンの活動を調べる方法
これにはさらに2つに分けられます。
・脳機能イメージング法
脳領域レベルの解像度でニューロンの活動を調べる方法。
fMRIとかPETとかNIRSがこれに含まれます。
・ユニットレコーディング法
針電極を脳に刺して一つ一つのニューロン活動を調べる方法。
2)調べたい脳領域を不活性化させる方法
これは、不活性化させることで、できなくなる処理を見極めるアプローチです。
調べたい脳領域に薬物を投与したり、冷やしたりして不活性化させます。
2)の方法は、不活性化する前は出来ていた処理ができなくなるワケですから、比較的分かりやすい証拠となります。
この不活性化の方法をもう少し見てみましょう。
各脳領域は、複数の脳領域と関係があるので、特定の領域を結ぶ回路の機能まで知るのはかなり難しいです。
そして、実際には、いくつかの脳領域を経由して情報処理がなされますが、近道の回路と遠回りの回路がどのような役割分担をしているのかも知りたいところです。
例えば、上図の領域Bと領域Yを結ぶ回路だけの機能を知りたいとします。
これまでの手法では、領域全体を不活性化するので、例えば、領域Bを不活性化すると、領域X・領域Y・領域Zに情報を送るニューロン(テーブルタップ)の全てを壊すしかありませんでした。
領域Bから領域Yへの回路(テーブルタップ)の機能を知りたいのに、領域Bの不活性化で、領域Xや領域Zも影響を受けてしまうので困りますよね。
かと言って、領域Bの個々のニューロンの軸索(電源ケーブル)を1本1本をたどって、領域Yに届いてるものだけ見つける、なんて出来るわけがありませんしね。
どうしたものか。。
ニューロンを変身させる遺伝子導入
次にご紹介する画期的な方法に使われている技術についての予備知識を簡単に見ておきましょう。
それは、遺伝子導入。
遺伝子というと、親から子に遺伝情報を伝えるものと思われがちです。
それはそれで正しいのですが、遺伝子には別の機能もあります。
生命活動を維持するのにとても重要な分子にタンパク質があります。
タンパク質は、消化酵素、筋肉、免疫の抗体、細胞膜のチャネルなどなど、体内のあらゆるところで常に働いています。
遺伝子は、それらタンパク質の設計図でもあって、日常的に読み取られることで、タンパク質が作られているのです。
その遺伝子を細胞の外から送り込んで、DNAに組み込むのが遺伝子導入。
遺伝子導入により、本来は作れなかったタンパク質を作れる細胞に変身させてしまうのです。
働きが分かっている遺伝子を導入して、思い通りの機能を持つ細胞にするわけです。
遺伝子導入の例をご紹介しましょう。
2008年に下村脩先生が受賞されたノーベル化学賞は、「緑色蛍光タンパク質 (GFP) の発見とその応用」でした。
GFPは、紫外線を当てると光るタンパク質のことですが、GFPを発見されたのが下村先生。
その応用として、GFPをマウスの細胞に遺伝子導入すると、がん細胞のマーカーにすることができ、生きたマウスでがん細胞が移動する様子を観察できるようになったりしたのです。
組換え遺伝子の導入にもいくつかの方法があり、ウイルスを使うのをウイルスベクターと言います。
ベクターというのは、遺伝子の運び屋という意味です。
ウイルスベクター二重感染法
やっと本題にたどり着けました。
ふぅ。
特定の脳領域を結ぶ回路だけの役割を知りたいのでしたね。
2012年、その遺伝子導入を巧妙に使って、上図で「脳領域B → 脳領域Y」のような特定の回路だけを遮断する画期的な方法が開発されたのです。
遺伝子導入のベクターには順行性と逆行性の2種類があります。
・順行性ウイルスベクター:細胞体(コンセント付近)から感染
上図の右で、領域Bのニューロンが全て遺伝子導入されます。
・逆行性ウイルスベクター:軸索末端(プラグ)から感染
上図の左で、領域Yにウイルスベクターを注入することで、領域Yに情報を送るニューロン(領域A・領域B・領域C)が遺伝子導入されます。
感染したウイルスが、軸索(電源ケーブル)を遡っていくので逆行性と言います。
領域Bに順行性ベクターを、そして、領域Yに逆行性ベクターを注入するとどうなるでしょうか?
「領域B → 領域Y」の回路だけが二重に感染(導入)することになりますね。
ここで、二重感染した細胞(ニューロン)にだけ働く薬物を投与します。
そもそもニューロンがシナプスで次のニューロンに情報伝達するときは、軸索の末端から神経伝達物質を放出するのでしたね。
その薬物は、軸索の末端から神経伝達物質を放出しない働きを持ちます。
すると、なんということでしょう。
その回路のニューロンだけ情報伝達を遮断することができるのです。
ちなみに、開発された方法では、抗生物質の一つであるドキシサイクリンを使っています。
この方法によって、特定の脳領域を結ぶ回路だけを遮断して、その役割を調べることができるようになりました。
ニューロンのネットワークとしての機能を調べるのに非常に強力なツールを手にしたことになります。
まさに画期的。
なお、この画期的な方法は日本の研究グループによる成果です。
【原論文】
脳科学でビジネスライフを快適に!
では、また!
(了)
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