「帰り」が短時間に感じられるワケ

投稿者: | 2015年12月5日

 

物理的時間 vs 心理的時間

太陽が昇って、24時間後にまた昇るのを繰り返すのは、地球が24時間で自転しているから。

季節が巡って、1年後に同じ季節に戻るのは、地球が太陽の周りの1年で回っているから。

24時間や1年という時間の長さは、物理的な時間が一定に流れていることを前提にしています。

 

それに引き替え、私たちの時間感覚はどうでしょうか?

例えば、楽しい時間は短く感じるのに、退屈だとなかなか過ぎ去ってくれません。

私たちが感じる時間は伸び縮みするかのようです。

ちなみに、その感覚的な時間を心理的時間や主観的時間と言います。

心理的時間の不思議については、脳科学や心理学で研究が続けられています。

今回は、身近な心理的時間の不思議について調べた研究をご紹介します。

 

「行き」と「帰り」の時間感覚を調べる実験

初めての場所に行って帰ってくる状況を考えてみましょう。

「行き」と「帰り」とでは同じ道を通るので、かかる物理的な時間に変わりはありません。

ところが、心理的時間としては「帰り」の方が短く感じたりしませんか?

先ほどの「楽しい時間は短く感じる」の論理で考えると、「帰り」の方が楽しい、
ということになりますが、ちょっとおかしいですよね。

一体、何が起きているのでしょう?

 

この問題を調べるために、京都大学の研究グループが実験を行いました。

実験では、実際に歩くのではなく、事前に歩く人の目線で撮られた動画を被験者に見てもらいます。

比べるのは、以下の2つの経路。

 

経路 A: 同じ道を往復する (「行き」と「帰り」がある)

経路 B: 前半と後半で違う道を歩く (「行き」と「帰り」がない)

 

経路 A は同じ道を戻りますので、「行き」と「帰り」がありますが、経路 B にはありません。

経路 A と経路 B の距離は同じで、それぞれの動画は片道約 30 分。

そして、それぞれの経路について、20歳~30歳の男性10名に、その動画を見てもらいました。

結果は予想通り、同じ道を往復する経路 A では「帰り」を短く感じた人が多く、
往復ではない経路 B は、前半と後半で感じた時間の違いはあまりなかったそうです。

一般に感じられていることが、統制された実験下で確認されたわけです。

 

京大の研究グループが調べたかったのは、ここから。

経路 A の「行き」と「帰り」で基本的な心理的時間の流れ方が違っていたかどうか、です。

実は、被験者には、実験で動画を見ている間に、3分経ったと思う毎に報告してもらっていました。

すると、経路 A でも経路 B でも、
前半と後半で3分経ったと報告した時間間隔はほとんど変わらなかったのです。

つまり、「帰り」を短く感じるのは、基本的な心理的時間の流れ方が変わっているからではなく、
振り返ったときに感じる時間の効果だったことが分かったのです。

 

なぜ「帰り」は短く感じるか

では、振り返るとどうして「帰り」が短く感じられるのか。

上記の論文にも、明確な答えは書かれていないようです。

脳の認識メカニズムから、ちょっと考えてみましょう。

 

通勤通学で毎日通る道は、その経路を頭の中で思い浮かべることができますね。

目印になるような場所や建物とその周辺の情報がセットになって記憶され、
それが経路上でつながって回想できるわけです。

では、初めての道はどうでしょうか?

初めて見る建物、初めて見る看板、初めて見る道の曲がり具合。

歩きながら、それぞれの場所で、建物・看板・道の曲がり具合などがセットとして認識されます。

少し進むとまた同じように認識して、それが続いて行きます。

「帰り」は、向きこそ違いますが、「行き」で見た認識のセットを思い出しながら、
前後の認識のセットとつながって、新たに大きなまとまりとして認識されます。

つまり、「帰り」は認識のまとまりの数が「行き」よりも少なくなっていると考えられます。

 

ここで、オッペル – クント錯視を思い出してください。

拙ブログ:「ボーダーの方がスリムに見えることもある 〜オッペル・クント錯視〜」

2つの空間があったとき、分割された方が長く見える錯覚でした。

このオッペル – クント錯視、「行き」と「帰り」の時間感覚のケースと似ていませんか?

つまり、
「行き」は認識のまとまりの数が多くてたくさん分割された状態で、
「帰り」は認識のまとまり同士がつながって、まとまりの数が減り、分割が少ない状態。

オッペル – クント錯視で見られた、分割されると大きく感じる脳のクセを適用してみると、
「帰り」は認識のまとまりの数が少なくて、時間的に短く感じると考えられないでしょうか。

 

タイムマネジメントは、時間感覚を脳の活動から考えることで実効的な対策を打てます。

これからも、心理的時間の不思議について一緒に考えて行きましょう。

 

【原論文】

Ozawa R, et al. (2015)
“The return trip is felt shorter only postdictively: A psychophysiological study of the return trip effect”
PLoS ONE 10(6): e0127779.
doi:10.1371/journal.pone.0127779

 

脳科学でビジネスライフを快適に!

では、また!

 

(了)

 

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